名古屋高等裁判所 昭和40年(行ス)3号 決定 1966年2月16日
抗告人(相手方) 岐阜刑務所長
相手方(申立人) 山本邦夫
訴訟代理人 松崎康夫 外五名
主文
原決定を取り消す。
相手方の本件執行停止申立を却下する。
手続費用は全部相手方の負担とする。
理由
抗告代理人は、主文と同旨の裁判を求め、その抗告の理由とするところは別紙「抗告の理由」および「補充理由書」のとおりである。
本件記録によれば、相手方は強盗殺人、窃盗罪により無期懲役に処せられ、昭和三四年三月一三日から岐阜刑務所において服役中であること、昭和三九年一〇月二六日累進処遇令による第二級に進級したが、昭和四〇年七月二二日他囚暴行の廉で第三級に低下する旨の処分を受けたこと、相手方は同年一一月一六日岐阜地方裁判所昭和四〇年(行ウ)第二号懲罰処分取消請求事件を本案として右累進処遇階級低下処分執行停止の申立をしたところ(同裁判所昭和四〇年(行ク)第一号)、同裁判所は昭和四〇年一二月二四日前記累進処遇階級低下処分の執行は同裁判所昭和四〇年(行ウ)第二号懲罰処分取消請求事件の判決確定に至るまでこれを停止する旨の決定をなし、その決定は同年一二月二五日抗告人に送達されたこと、これよりさき同年六月二六日相手方発病のため休養を開始し、同年七月二七日に至るも軽快せず作業を課することができないので、同日抗告人は相手方に対する行刑累進処遇令の適用を除外する旨の決定をなし相手方に告知したことが明らかである。
そこで執行停止の要件である回復困難な損害をさけるため緊急の必要があるか否かを検討する。
相手方の原階級が第二級であるか第三級であるかによつて生ずる処遇の差異をみるに、相手方が執行停止申立の理由として主張しているところは、面会および発信の回数、封書発信、衣類および寝具、上級者集会、図書閲読、運動靴、靴下、はし、はし箱、筆記具等について処遇差が生ずるというのであるが、(1)上級者集会への参加および運動靴の使用は病気休養中の者に対しては許されていないので原階級の如何による処遇差がないこと、(2)図書閲読に関しては、病気休養のため行刑累進処遇令の適用を除外された者は原階級の如何に拘らず第二級者に準ずる取扱いがなされており、この点についても処遇差がないこと、(3)衣類および寝具については、毎年更新される数量に制限があるため、累進処遇階級の上級者より順次新しいものを給与するという方針をとつている結果、上級者に給与される衣類および寝具は比較的新しいということはあり得ても、上級或は並の区別はなく、また数量には全く差別がないことが疎明される。
結局相手方の原級が第二級であるか、第三級であるかによる処遇の差異は次の諸点に限られる。
(一)一ケ月四回許可される親族との面会が二回となり、(二)一ケ月四回許可される親族への発信が二回となり、(三)封書による発信許可が取り消され、発信は封かん葉書または葉書を使用することとなり、(四)硝子ペン、ボールペン、はし、はし箱、墨汁等の私物使用許可が取り消される。
しかしながら、本件記録によれば、相手方が累進処遇階級第二級者として処遇を受けていた昭和三八年一二月より昭和四〇年七月までの間の面会および信書発信の状況は、外来者の面会は右期間を通じて二回に過ぎず、信書の発信については、これを全くしない月がのべ七ケ月あり、その他の月でも月間一ないし二回であつて、月間三通以上の信書の発信をなしたことがないことが疎明される。右の事実からみて、第三級者に準じた処遇をなすことによつて生ずる面会および信書発信回数の制限、並びに封書発信に代る封かん葉書等の使用は未だもつて相手方に行政事件訴訟法第二五条第二項にいう回復困難な損害を与えるものと解することはできない。また抗告人は相手方を累進処遇階級第三級に準ずる処遇をなすことによつて、靴下、硝子ペン、ボールペン、はし、はし箱、墨汁等の私物使用を制限しているが、筆記用具としてペン軸および鉛筆の私物使用を許可しており、はし、はし箱および靴下は官給品を使用させ、墨汁については必要があれば官給品を使用させて用を弁ぜしめることとしていることが疎明される。従つてこの面においても回復困難な損害は生じていないというべきである。
以上説示のとおり相手方は抗告人のなした処遇階級低下処分によつては行政事件訴訟法第二五条第二項にいうところの回復困難な損害を蒙つているとはいえず、従つてそれを避けるため緊急の必要もないこと明らかであるから、相手方の本件執行停止申立はその要件を欠き不適法であつて却下を免れない。
よつて、右と結論を異にする原決定は不相当であるからこれを取り消し、手続費用について民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 坂本収二 渡辺門偉男 小沢博)
(別紙)
抗告の理由
一、原決定
相手方は岐阜地方裁判所昭和四〇年(行ウ)第二号懲罰処分取消請求事件を本案として累進処遇階級低下処分執行停止の申立をした(岐阜地方裁判所昭和四〇年(行ク)第一号)ところ、同裁判所は昭和四〇年一二月二四日抗告人が昭和四〇年七月二二日相手方に対してなした相手方の処遇階級を第二級から第三級に降下した処分の執行は、当裁判所昭和四〇年(行ウ)第二号懲罰処分取消請求事件の判決確定に至るまでこれを停止する旨の決定をなし、その決定は同年一二月二五日抗告人に送達された。
二、原決定の不当性
しかしながら原決定のいう「回復困難な損害をさけるため緊急の必要があると認められる」べき事情は本件については全く存在しないのみならず、本件執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすべきおそれが大であるうえ、本案についても理由がないので原決定は違法である。
よつて抗告におよぶ次第である。
補充理由書
第一、原決定は本件累進処遇階級低下処分は「相手方が病気休養中であることにかんがみ、回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある」として本件処分の執行を停止した。しかしながら、右決定は、以下に述べる如く法の解釈を誤り、あるいは事実の誤認による違法な決定であるから速やかに取消されるべきものと思料する。
第二、本件執行停止申立はその利益がない。
一、相手方は、昭和四〇年一一月一二日付相手方(原告)抗告人(被告)間の原裁判所昭和四〇年(行ウ)第二号懲罰処分取消請求事件を本案として「相手方が昭和四〇年七月二二日申立人に対してなした申立人の処遇階級を第二級から第三級に降級した処分の執行は右本案の判決確定に至るまでこれを停止する。」との決定を求める旨の申立を原裁判所に提出したところ、原裁判所は昭和四〇年一二月二四日これを認容した。
二、しかしながら、抗告人は右階級低下処分後、相手方の執行停止申立前である昭和四〇年七月二七日行刑累進処遇令第二条第四号により相手方をその適用の対象者から除外することを決定し、その旨相手方に告知したのである。
したがつて相手方には昭和四〇年七月二七日以降行刑累進処遇令の適用はなく、当然のこととして現在相手方は同令による第三級者としての執行はなされていないものである。
されば相手方に対し累進処遇階級低下処分の効力乃至は執行を停止しても全く無意味であつて、執行停止申立はその対象を欠きその利益がない。
三、ところで抗告人が相手方に対し行刑累進処遇令の適用を除外した理由並びに除外後の処遇及びその法的性質は次のとおりである。
およそ行刑累進処遇令の目的とするところは、その第一条に「本令ハ受刑者ノ改悛ヲ促シ其ノ発奮努力ノ程度ニ従ヒテ処遇ヲ緩和シ受刑者ヲシテ漸次社会生活ニ適応セシムルヲ以テ其ノ目的トス。」とあるごとく、根本的に受刑者の倫理意識に訴えようとするものであり、換言すれば、正しい努力を積み社会的義務を完遂したものには、怠惰無為で社会的義務を遂行しない者に比し、より内容の豊富な社会生活の享有が期待できるという人間社会の普遍的道徳感に根ざすもので、それを現実に懲役受刑者の生活にとり入れ徳性の涵養につとめるとともに、自己の努力によつて得た地位にともなう優遇を正しく処理できるよう訓練することによつて社会生活に適応する人間を作り上げようとするものである。
このような基本理念のもとに現行の行刑累進処遇令は、懲役受刑者に対し、作業を中心とした教育的処遇を施すに当り、その処遇階級を四階級に別け、個々の受刑者について同令を適用すると決定したときは、原則として最下級である第四級に編入し、その発奮努力の程度により漸次処遇の緩和されるより上級の階級へ順次進級させると同時に、その責任を全うさせる仕組みとなつている。
したがつて、受刑者であつても刑務所内において作業を中心とした教育的処遇になじまないもの 例えば心身の障害によつて作業に適しない者には行刑累進処遇令の適用はない。(同令第二条第四号)
また、相手方の如く、行刑累進処遇令の適用を受けていた途中において発病し、作業を中心とした教育的処遇になじまなくなつたものについては、病気回復に至るまでその適用を除外することも、その趣旨よりして当然の取扱いとされている。
抗告人は、行刑累進処遇令の適用を受けていた受刑者が心身の障害を生じ、作業に適しなくなつた場合に、当該受刑者を同令の適用から除外する時点を障害発生より一ケ月経過するも、なお作業するに適しないときとする取扱いをしている。
本件相手方の場合、今回の発病のため休養を開始したのは、昭和四〇年六月二六日であり、同年七月二七日に至るも軽快せず作業を課すことができないので、同日抗告人は、相手方に対する行刑累進処遇令の適用を除外する旨の決定をなし、相手方に告知した。したがつて、相手方は、現在行刑累進処遇令の適用とは何の関係もないものである。
なお、行刑累進処遇令の適用を除外された受刑者の処遇は、それが心身の障害によるものであれば、その治癒に全力を尽すは勿論であるが、病気の治癒と関係のないその他の点の処遇については専ら監獄法及び同施行規則の範囲内においてなす刑務所長の自由な才量に委ねられているのである。
抗告人は、相手方の如き行刑累進処遇令の適用を除外された者に対する病気治療以外の個々具体的な処遇の基準を定めるにあたり、同令の適用を除外されることにより除外直前の処遇との間に格差の生ずる結果となることに同情し、その才量権を行使し、同令の適用を除外する直前に行なつていた処遇を除外後も監獄法施行規則に反しない限り特に支障を来たさない範囲で実施することとしている。(以下これを原階級に準じた処置という)
したがつて、相手方は、昭和四〇年七月二二日階級低下処分を受けなかつたら、行刑累進処遇令の適用を除外された後も第二級者に準ずる内容の処遇を継続して受けていたかも知れないと一応は言えようが、しかしながら、これは行刑累進処遇令の適用による処遇とは法的には全く異質のもので、監獄法及び同法施行規則の範囲でする刑務所長である抗告人の自由才量による処遇の緩和、いわば恩恵である。よつてこの点については、行政事件訴訟法第三〇条によりもはや裁判所の審査権の圏外に属する事項と考えられる。
第三、相手方には回復困難な損害を避けるための緊急の必要性はない。
一、原決定は「相手方が病気休養中であることにかんがみ、回復困難な損害を避けるため緊急の必要があると認められる」と認定されているがこれは著しく誤つた判断といわねばならない。
二、累進処遇階級低下処分と病気の進行とは因果関係はない。おそらく原決定は、相手方が病気休養中であることから本件処分は、右病気の進行に相当の悪影響ありと認定されたものと思われる。
しかしながら、相手方において心贓系の病気の徴候を訴えたのは昭和三七年九月からであり、今回の休養の開始のみをみても昭和四〇年六月二六日からである。しかるに抗告人が相手方の累進処遇階級を第二級より第三級に低下したのは同年七月二二日であるから、相手方の病気の進行と累進処遇階級低下処分とは、何の関連もない。このことは原裁判所の相手方に対する審尋の内容を検討すれば明白であり病気と処分との因果関係は全く疎明されていないのである。
しかも行刑累進処遇令第六七条は健康保持に必要な事項については階級による差別を禁じており、かつ相手方の病気に対する管理については、抗告人指揮下の医師により、行刑累進処遇令の適用の有無及び原階級の如何に全く関係なく、能う限りの診療が続けられておるのである。また、給与品目にしても医療上の必要があれば、監獄法令の原則にとらわれず増減変更することとされておりこれは相手方に対しても例外でなく現に同人に対しても医療上の措置として特別菜の給与等の措置がとられている。
なお、相手方は、昭和四〇年一二月二三日原裁判所の審尋において第三級者に貸与される布団は重く一枚しか着用できないので寒さを感ずると述べ低下処分により肉体的にも苦痛を感じひいては病気を悪化せしめるかの如き主張をするが、受刑者に貸与される布団の重量には軽重の区別はなく、(疎甲第五号証昭和一九年司法省訓令参照)たゞナイロン綿を使用した布団を試行しているのは将来全受刑者に使用させることの可否を判断するため、実験的に一部の受刑者に一枚づつ貸与しその保温性、耐久力等を検討しているに過ぎない。
更に現在貸与されている布団が重いという点について相手方は抗告人指揮下の医師に対し、自己の病状との関係において、訴えた事実はなく、医師においてもその必要を認めれば、処遇階級及び原階級に関係なく、病状に支障を来たさないような保温措置を講じたであろうことは勿論である。
要するに、相手方は原決定の送達まで累進処遇階級第三級に準ずる処遇を受けていたとは言うものの、抗告人は医療上関係ありとせられる事項については、原級に全く関係なく、最善の手段を講じて診療に当つているし、相手方においても後述するように、第三級に準じた処遇を受けることによつて生ずる損害は皆無である。
なお、相手方に対し、累進処遇階級低下処分と同時に告知した軽屏禁罰の執行を現在停止しているのは、軽屏禁罰執行の内容はその期間中受罰者を罰室であることを明示した居室に収容して、必要不可欠と認める場合のほかは昼夜屏居せしめ昼間は横臥を禁じ厳正な紀律のもとに、反省黙居せしめることを内容としており、(監獄法第六〇条第二項参照)医師の診断に基づいて執行に差支えないと判定された上でなければ執行できないこととなつている(監獄法施行規則第一六〇条第二項参照)。したがつて病気休養中の相手方に対し軽屏禁罰の執行をするのは、保健上支障があると考えられ、その執行に着手していないものである。このように累進処遇階級低下処分と軽屏禁罰の執行とは、その内容において全く異るものであるから、たとえ軽屏禁罰の執行を停止していても、累進処遇階級低下処分は、相手方の健康に何等支障を与えるものではないから、これを行なうことは一向に差支えない。
よつて病気休養のためによる軽屏禁罰の執行停止と同様に考え、累進処遇階級低下処分の効力をも停止すべき理由がない。以上の理由にも拘らず第三級に準じた処遇を続けることが、相手方の病気に悪影響を及ぼすかの前提に立つ原決定は理解に苦しむものである。
若し、強いて累進処遇階級低下処分と相手方の現在の病気とに関係があるとすれば、相手方が本件処分の原因である紀律違反による懲罰処分を免れんがため、日夜精神的懊悩にさいなまれた結果であつて全く自業自得という他はない。
三、回復回難な損害の発生も緊急性もない。
心身の障害により作業に適しないため、行刑累進処遇令の適用を除外された者の処遇は、抗告人の自由な才量により原階級に準じる取扱いとなるため、相手方は累進処遇階級第三級に準じた処遇を受けるとしても、これは裁判所の審理の対象とならない事項であることは前述したとおりであるが、相手方の原階級が第二級であるか第三級であるかによつて生ずる処遇の差異を検討してみても、行政事件訴訟法第二五条第二項にいう回復困難な損害の発生も緊急性も相手方にはない。すなわち相手方は、面会及び発信の回数、封書発信、衣類及び寝具、上級者集会、図書閲読、運動靴、靴下、はし、はし箱、筆記具等について処遇差の生ずることを訴えているようであるが、
1、上級者集会へ参加及び運動靴の使用は、病気休養中の者に対しては許していないので原階級の如何による処遇差はない。
2、図書閲読に関しては、病気休養のため行刑累進処遇令の適用を除外された者は原階級の如何に拘らず第二級者に準ずるの取扱いがなされており、この点においても処遇差はない。
3、衣類及び寝具については、毎年更新される数量に制限があるため、累進処遇階級の上級者より順次新しいものを給与するという方針をとつている結果、上級者に給与される衣類及び寝具は比較的新しいということはあり得るが、上等或は並の区別はなく、いわんや数量に差別はつけておらず実質的に原階級の如何による処遇差は疎甲第五号証昭和一九年八月司法省訓令写のとおり、全くない。
なお、寝具等保温に必要のあるものは前述の如く医療上の必要があれば医師の意見により病状に応じて増減貸与する用意のあることは勿論である。
結局相手方の原級が第二級であるか、第三級であるかによつて処遇の異る事項は概ね次の諸点に限られてくる。
1、一ケ月四回許可される親族との面会が二回となり、
2、一ケ月四回許可される親族との発信が二回となり、
3、封書による発信許可が取消され、発信は封簡葉書または葉書を使用することとなり、
4、硝子ペン、ボールペン、はし、はし箱、墨汁等の私物使用許可が取消される。
しかしながら、相手方が累進処遇階級第二級者として処遇を受けていた昭和三八年一二月より昭和四〇年七月までの間の面会及び信書発信の状況は、外来者の面会については通じて二回に過ぎず信書の発信については、これを全くしない月がのべ七カ月ありその他の月でも月間一乃至二回であつて月間三通以上の信書の発信をなしたことはなく、現在に及んでおり、第三級者に準じた処遇をなすことによつて生ずる面会及び信書発信回数の制限は、相手方に何等の痛痒を及ぼしていないし、封書発信に代る封簡葉書等の使用も社会通念上相手方に対し何等の損害を与えるものではない。
また、抗告人は相手方を累進処遇階級第三級に準ずる処遇をなすことによつて靴下、硝子ペン、ボールペン、はし、はし箱、墨汁等の私物使用を制限しているが、筆記用具としてペン、ペン軸及び鉛筆の私物使用を許可しており、はし、はし箱及び靴下は官給品を使用させ、墨汁については必要があれば、官給品を使用させて用を弁ぜしめることとしており、損害の発生は全く認められない。
更に総じて各人の具体的な事情によつて右の制限範囲内で処遇することが収容者に回復し難い不利益を生ずると認められる場合、または教化上必要と認める場合はその制限によらない取扱いをしており相手方に対しても例外でない。したがつて相手方は第三級に準じた処遇を受けることとなつても実質的には何等の損害も受けていないし、今後も受けるおそれはない。いわんや損害を避けるための緊急性もないのである。
第四、本件低下処分は適法である。
一、行政処分の執行停止は(1)訴の提起があつた場合において(2)当該処分、処分の執行または手続の続行によつて生ずる回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき(積極的要件)で、しかも執行停止が(3)公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれのないとき、および(4)本案訴訟について理由があるとみえるとき(消極的要件)でなければ許されないのである(行政事件訴訟法第二五条第二項第三項)
しかるに原裁判所は、相手方が病気休養中であることのみに捉われ、消極的要件である公共の福祉への重大な影響の有無及び本案の理由の有無については抗告人の意見を無視して一顧だにすることなく、何等の疎明なくして原決定をなしたのである。
しかしながら、本案について理由がなく、本件処分が適法であることは別紙抗告人が原裁判所に本案について提出した準備書記載のとおりであつて、右は疎明資料として添付した境昭和等の供述書等により明白である。
第五、本件執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。
相手方の執行停止申立に対しこれを認容する原決定がなされたので、抗告人としてはその取扱いに苦慮しながらも、とりあえず相手方を累進処遇階級第二級に準ずるの処遇に変更した。しかしこの事実は、後日抗告人が本案において勝訴の判決を得ても取消不能で、相手方は本案判決の確定に至るまで累進処遇階級第二級に準ずる処遇を受けたという事実が残り、岐阜刑務所内の紀律の維持に重大な影響を及ぼすこととなるのである。
すなわち、相手方と共に共同して、訴外山田を暴行したこと等が原因となつて懲罰処分並びに階級低下処分を受けた他の受刑者との均衡を著しく欠き処遇上の公平を失する結果となり、また将来何らかの事由によつて抗告人が適法な手続を経て受刑者の累進処遇階級を低下しようとした場合の執行停止が原決定の如く簡単に認められるならば、右制度を利用しようとする風潮が蔓延して抗告人のなす収容者の記律違反に対する制才処分につき執行停止を申立て、それが裁判所の容れるところとなり実質的に抗告人のなす処分を免脱する受刑者の続出をみる結果となるおそれがある。
かかる事実の発生することは、抗告人がその管理する岐阜刑務所の紀律維持のため今後とる処分に対し、相手方も含め同所収容者が蔑視の観念をもつことのあらわれであり、今後の刑務所の紀律の維持に重大な支障を及ぼすことは明らかである。
ちなみに岐阜刑務所は常時約八〇〇名の受刑者を収容しているが、そのうちには相手方の如き無期懲役及び実刑期懲役七年以上の者が約四〇〇名おり、その余の四〇〇名の受刑者も心理技官により改善困難と判定された累犯者ばかりで常に自由を求めて絶えず逃走を企て、或は職員に反抗しようとする犯罪者すなわち反社会的性格の濃厚な者を拘禁している刑務所である。
そこには拘禁関係が破壊される危険が常に現存するので、拘禁の確保に悪影響を及ぼす事項(本件の場合は紀律の弛緩)は、それ自体些細なものであつても常時包蔵している危険と合体して重大なものとなるおそれが多いのである。若し拘禁関係が破壊された場合、社会の人心にはかり知れない恐怖を及ぼすことは言をまたないところである。刑務所長である抗告人はかかる社会の不安の防止という極めて重大な公共の福祉を維持する任務を負つておりその任務遂行に影響を及ぼす原決定は公共の福祉に重大な影響を及ぼすことは極めて明白である。
されば原決定は速かに取消されるべきである。